最終更新日 2024年10月28日 by ガラスのハートを持つおっさん

私たち支援者は、常に「当事者主体」という言葉を口にします。

しかし、その真の意味を理解し、実践できているでしょうか。

25年にわたり特別支援教育の現場で活動してきた中で、この問いは私の心を常に捉えて離しませんでした。

今回は、現場での経験と数多くの当事者との対話から見えてきた課題と可能性について、7つの具体的な提言とともにお伝えしていきたいと思います。

この記事を通じて、支援の本質的な変革への第一歩を皆様と共に踏み出せることを願っています。

当事者主体の障がい者支援:その本質と課題

支援における「当事者主体」という概念は、ここ数十年で大きく進化してきました。

しかし、その実現には依然として多くの課題が存在しています。

現場の最前線で直面する現実と、理想との間にある溝を埋めていくためには、まず私たち支援者自身の意識改革が必要不可欠です。

支援における「当事者主体」の歴史的変遷

「当事者主体」という考え方は、1970年代の障害者権利運動に端を発します。

「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」というスローガンは、その本質を端的に表現しています。

この運動は、障がいのある方々を「支援の対象」から「権利の主体」へと転換する大きな契機となりました。

1990年代に入ると、国際的な障害者権利条約の議論の中で、この考え方はさらに深化していきます。

特に、2006年の国連障害者権利条約の採択は、当事者主体の理念を国際的な規範として確立する重要な転換点となったのです。

日本においても、2014年の批准を経て、この理念は法的にも明確に位置づけられることとなりました。

この歴史的な流れの中で、支援のあり方も大きく変化してきました。

かつての「保護」や「管理」を中心とした支援から、「自己決定の尊重」や「エンパワメント」を重視する支援へと、そのあり方は確実に進化しています。

現場で直面する構造的な課題

しかし、理念が進化する一方で、現場では依然として多くの構造的な課題に直面しています。

その最たるものが、支援者と当事者の間の力関係の非対称性です。

例えば、ある特別支援学校での出来事が印象的でした。

生徒会活動の計画を立てる際、支援者側が「安全性」を理由に、生徒たちの提案を却下するケースが少なくありませんでした。

確かに安全への配慮は重要です。

しかし、そこで対話を止めてしまうのではなく、「どうすれば実現できるか」を共に考えることが、本来の当事者主体の姿勢ではないでしょうか。

また、支援の「効率性」や「成果」を重視するあまり、当事者の意思決定プロセスが軽視されるという課題もあります。

一人ひとりの決定に時間がかかることを「非効率」とみなすのではなく、その過程自体に価値があることを、私たち支援者は改めて認識する必要があります。

当事者の声から学ぶ:支援の理想と現実

当事者の方々との対話の中で、最も印象に残っている言葉があります。

「支援者の方は親切すぎるんです。でも、時には失敗する権利も私たちには必要なんです」

この言葉には、支援における本質的な課題が凝縮されています。

私たち支援者は、善意から必要以上の介入をしてしまうことがあります。

しかし、それが却って当事者の成長や自己実現の機会を奪ってしまう可能性があることを、私たちは真摯に受け止める必要があります。

また、別の当事者からは次のような指摘もありました。

「会議では意見を求められますが、最終決定には参加できません。これって本当の参加と言えるでしょうか」

この声は、形式的な当事者参加の限界を鋭く指摘しています。

真の当事者主体とは、決定プロセスの全段階における実質的な参画を意味するのです。

教育現場からの視点:インクルーシブな支援の実現

教育現場は、当事者主体の支援を実践する上で最も重要なフィールドの一つです。

なぜなら、ここでの経験が、その後の人生における自己決定力や社会参加の基盤となるからです。

特別支援教育における当事者主体の実践例

私が以前勤務していた特別支援学校では、「自己選択・自己決定」を重視したカリキュラムづくりに取り組みました。

例えば、職業教育の授業では、生徒たち自身が作業内容を選択し、計画を立てる機会を積極的に設けました。

最初は戸惑う生徒も多かったのですが、徐々に自分の興味や適性に合った選択ができるようになっていきました。

特に印象的だったのは、ある生徒の変化です。

当初は「先生に言われた通りにする」ことが「正しい」と考えていた彼が、自分で考え選択する楽しさを知り、様々なことに積極的にチャレンジするようになったのです。

教育者と当事者の協働による学びの場づくり

効果的な学びの場づくりには、以下のような要素が重要であることが、実践を通じて明らかになってきました。

要素具体的な実践方法期待される効果
対話の機会定期的な個別面談と集団での話し合い自己表現力の向上と相互理解の深化
選択の機会複数の学習方法や活動からの選択肢提供自己決定力の育成と主体性の確立
振り返りの機会日々の活動の記録と定期的な振り返り自己理解の促進と目標設定能力の向上

これらの要素を意識的に取り入れることで、生徒たちの主体性は着実に育っていきました。

重要なのは、これらが一方的な「指導」ではなく、教育者と生徒が共に学び合う過程として設計されているという点です。

私たち教育者も、生徒たちから多くのことを学ばせていただいています。

バリアフリーネットワークでの取り組みから得た教訓

NPO法人バリアフリーネットワークでの7年間の経験は、私の支援観を大きく変えるものでした。

特に印象的だったのは、当事者と支援者が対等な立場で運営に参画するという組織の在り方です。

理事会の半数以上を当事者が占め、事業計画から評価まで、すべてのプロセスに当事者の視点が反映される仕組みを構築していました。

この経験から学んだ最も重要な教訓は、「時間はかかっても、丁寧な合意形成が持続可能な支援の鍵となる」ということです。

時には意見の対立もありましたが、それを避けるのではなく、むしろ建設的な議論の機会として捉えることで、より良い解決策を見出すことができました。

7つの提言:現場からの具体的アプローチ

25年の現場経験から、当事者主体の支援を実現するための7つの具体的な提言をお伝えしたいと思います。

提言1-2:制度設計と運用における当事者の参画

提言1:意思決定プロセスの完全なる開示と参加機会の保障

支援に関わるすべての意思決定プロセスを、当事者にとって理解しやすい形で開示することから始めましょう。

例えば、ある福祉施設では、月次の運営会議の議事録を、文字の大きさや表現方法を工夫して掲示するようにしました。

その結果、利用者からの具体的な提案が増え、サービスの質が向上したという事例があります。

提言2:評価システムへの当事者視点の組み込み

支援の質を評価する際には、当事者による評価を中核に据える必要があります。

これは単なる満足度調査ではなく、支援の在り方自体を問い直す機会として位置づけることが重要です。

提言3-4:支援者の意識改革と実践的スキル

提言3:「待つ」ことの重要性の再認識

支援者は、しばしば効率性を重視するあまり、当事者の意思決定プロセスを省略してしまいがちです。

しかし、「待つ」という行為には深い意味があります。

それは、当事者の自己決定を尊重し、その人らしい判断を育む土壌を作ることにつながるのです。

提言4:実践的な対話スキルの向上

支援者には、当事者との効果的な対話を実現するための具体的なスキルが求められます。

例えば:

  • 開かれた質問の活用
  • 非言語コミュニケーションへの注意
  • 多様なコミュニケーション手段の確保
  • 相手のペースに合わせた対話の進行

これらのスキルは、日々の実践の中で意識的に磨いていく必要があります。

提言5-7:持続可能な支援体制の構築方法

提言5:分野横断的なネットワークの構築

当事者主体の支援を実現するには、教育、医療、福祉、就労支援など、様々な分野の連携が不可欠です。

例えば、ある地域では、月1回の「分野横断カンファレンス」を実施し、各分野の専門家と当事者が一堂に会して情報共有と課題解決を行っています。

このような取り組みにより、支援の継続性と一貫性が確保されています。

提言6:エビデンスに基づく実践と柔軟な修正

支援の効果を客観的に評価し、必要に応じて修正を加えていく姿勢が重要です。

ただし、ここでいう「エビデンス」には、数値化できる指標だけでなく、当事者の主観的な体験も含まれます。

例えば、ある施設では、従来の満足度調査に加えて、利用者との定期的な対話セッションを設け、そこでの声を支援改善に活かしています。

提言7:次世代支援者の育成システムの確立

当事者主体の理念を継承し、発展させていくためには、次世代の支援者育成が欠かせません。

特に重要なのは、座学だけでなく、当事者との直接的な対話や協働の機会を豊富に設けることです。

当事者主体の支援を実現するための実践的ステップ

理念を実践に移すには、具体的な行動計画が必要です。

ここでは、現場レベルで実践可能な具体的なアプローチをご紹介します。

現場レベルでの具体的な実装方法

支援の現場で最初に取り組むべきは、「対話の場」の創出です。

これは必ずしも形式的な会議である必要はありません。

日々の活動の中で、当事者の声に耳を傾ける機会を意識的に設けることから始められます。

ある施設では、朝のミーティングに利用者代表が参加する仕組みを導入しました。

最初は戸惑いもあったものの、今では支援の質を高める貴重な機会となっています。

このような取り組みは、東京都小金井市を拠点に精神障害者支援を行う精神障害者支援のパイオニアであるあん福祉会でも実践されており、当事者の声を大切にした支援の好例として注目されています。

次に重要なのは、「選択機会の体系化」です。

支援の各場面で、当事者が選択・決定できる機会を明確化し、それを支援の基本プロセスとして組み込んでいきます。

例えば、以下のような場面での選択機会を意識的に設けています:

場面選択・決定の機会支援者の役割
日常生活衣服の選択、食事メニュー、活動時間の決定など情報提供と選択肢の明確化
活動計画プログラムの選択、目標設定、スケジュール調整実現可能性の検討と助言
将来設計進路選択、住居形態、就労形態の決定などリスクと機会の説明、段階的支援

支援者と当事者の新しい関係性の構築

従来の「支援する側・される側」という固定的な関係性から脱却し、相互に学び合うパートナーシップの構築を目指します。

これは、単なる理念ではありません。

実際の支援現場で、このような関係性の転換により、支援の質が大きく向上した事例を数多く目にしてきました。

例えば、ある就労支援施設では、当事者の方々が新人支援者の研修講師を務める機会を設けています。

この取り組みは、支援者の意識改革に大きな影響を与えただけでなく、当事者の自己肯定感の向上にもつながっています。

成功事例から学ぶ:効果的な実践のポイント

25年の現場経験の中で、特に印象的だった成功事例をご紹介したいと思います。

あるグループホームでは、「暮らしの主役は私たち」というスローガンのもと、利用者主体の生活づくりを実践しています。

具体的には、毎月の生活計画を利用者自身が立案し、支援者はそのサポート役に徹するというアプローチです。

最初は時間がかかり、試行錯誤の連続でした。

しかし、3年が経過した今、利用者の自己決定力は大きく向上し、生活の質も確実に改善されています。

この事例から学べる重要なポイントは以下の通りです:

  • 明確なビジョンの共有
  • 段階的な実践と振り返り
  • 失敗を学びの機会として捉える姿勢
  • 支援者の役割の明確化

未来に向けた展望:真の当事者主体の実現へ

デジタル時代における新たな支援の可能性

テクノロジーの進化は、当事者主体の支援に新たな可能性をもたらしています。

例えば、コミュニケーション支援アプリの開発により、これまで意思表示が困難だった方々との対話が可能になってきました。

また、オンラインプラットフォームの活用により、地理的な制約を超えた当事者同士のネットワークづくりも進んでいます。

しかし、重要なのは、これらのテクノロジーを「手段」として適切に位置づけることです。

あくまでも、当事者の自己実現を支援するツールとして活用していく視点が欠かせません。

若い世代との協働による支援の進化

次世代の支援者たちは、私たちとは異なる感性と価値観を持っています。

それは、当事者主体の支援に新しい風を吹き込む可能性を秘めています。

特に印象的なのは、「支援」という言葉自体を問い直す姿勢です。

「共生」や「協働」という視点から、より対等な関係性を模索する若い支援者たちの存在は、私たち経験者にとっても大きな学びとなっています。

地域社会を巻き込んだ包括的支援の構築

当事者主体の支援は、福祉施設や教育機関の中だけで完結するものではありません。

地域社会全体で取り組むべき課題として捉え直す必要があります。

ある地域では、商店街や地域の企業と連携し、障がいのある方々の就労機会を創出する取り組みを始めています。

このような取り組みは、支援の枠を超えた「共生社会」の実現につながっていくのではないでしょうか。

まとめ

25年の現場経験から導き出した7つの提言は、決して特別なことを求めているわけではありません。

むしろ、当たり前のことを当たり前に実践していくための具体的な道筋を示そうと試みたものです。

重要なのは、これらの提言を単なる理想として終わらせないことです。

一つひとつの現場で、できることから着実に実践していく。

そのような地道な積み重ねが、真の当事者主体の支援につながっていくと信じています。

最後に、読者の皆様へのメッセージです。

支援の現場で日々奮闘されている方々、そして当事者として様々な経験をされている方々。

皆様一人ひとりの「声」が、より良い支援の在り方を作り出していく原動力となります。

共に考え、共に創り出していく。

そんな対話と協働の輪が、この記事をきっかけにさらに広がっていくことを心から願っています。